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zoom RSS  どう読んだらいいのか 「北海タイムス物語」

<<   作成日時 : 2017/06/26 05:59   >>

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 カフカはあざなえる縄のごとし・・可と不可ばかり、そんな成績表だったので、タイムスは書類選考で落選。ぼたんがひとつ掛け違っていたら、タイムス記者だったかもしれない。どうしたんだろうなぁ。増田俊也さんの「北海タイムス物語」(新潮社)を読んで、複雑な感じでした。

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  ◇「きょうで休刊します」 北海タイムス 1998年9月2日、18786号
 ―新しいオーナーとして乗り込んできた山崎種三前社長が今年6月末、一方的、かつ暴発的に「廃刊」「休刊と組合員の解雇」発言をして以降、北海タイムスはかつてない厳しい状況に至りました。(略)この2カ月間、多くの方々から激励やご支援をいただきながら、全力で新聞発行に取り組んできました。北海タイムスの灯を消してはならないという使命感からでした。こうして、休刊をお知らせする紙面をお届けするに至り、胸が切り裂かれ、無念さがあふれます。(略)いつの日か再びお会いできることを信じて休刊宣言といたします。その思いを胸に、ペンを置き、カメラをしまい、最後の新聞を印刷し終えた輪転機を止めます。



 「あの人たちはどうなったのかと思わずにはいられません。異色の新聞記者物語です」。同期のMんどさんから本が届いたのが5月31日。面白いのですぐに読み終えたが、頭の中は混乱した。新人だった増田さんは2年で中日に移った脱出組。もし私がタイムスに入っていても、同じように逃げ出したかもしれない。タイムスで頑張っていた様々な人たちの顔が浮かんできました。

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 最初に出会ったのが浦河支局長だったKさん。1人支局(道新は3人)なので馬のことしか書かなかった。牧場に取材に行くと、「うちはタイムスだよ」とよくいわれた。釧路のコーさんはマイペースでこつこつと何かを書いていた(アルバイト原稿か)。広報の人から「タイムスは10部くらいだよ」(市広報紙は新聞折り込み)と聞いた。

 札幌の司法記者クラブにいたA君。まだ20代だったが取材先にかわいがられ、記事もまずまず。体をこわして名寄にもどり実家の寺を継ぐ。名寄で再会したころは、すっかり一人前のお坊さんになっていた。読売から声がかかったが、健康診断ではねられたと教えてくれた。わたしが小樽に移って訃報を聞く。病が再発したという。

 タイムス労組委員長を長く務めたSさん。多忙な中、地域労組の集まりにも欠かさず顔をだし、弱音をはくことはなかった。異色の新聞人がそろっていた。

 「タイムス物語」の方は、新人の巡洋君が地味な整理部門に配置され、安い給料と劣悪な労働環境の中で押しつぶされそうになる。しかし、奥さんが入院し生活のために好きな新聞づくりから離れる先輩の苦脳を目の当たりにして、巡洋君が立ち上がるという熱血小説でした。大好きなタイムス存続のために奮戦する人たちの姿が感動的でした。

 筆者の増田さんはタイムス歴わずか2年なので、小説仕立てになったのでしょう。そこが少し残念ですね。やはり、タイムスはなぜつぶれたのか(誰がつぶしたか)真正面から問う本が読みたかった。経営者が何を考え、労働者がどう闘って敗れたのか。本格的なドキュメントが続くことを期待したい。

 この本は話題になってあちこちの書評で取り上げられています。タイムスの休刊に立ち会った人たちが、この物語をどう読んだのかも聞いてみたいですね。

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