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zoom RSS  舞鶴〜小樽、海の21時間はつらいよ

<<   作成日時 : 2017/06/17 11:36   >>

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 小樽にいた時、ゆったりと港を発つフェリーを眺め「乗ってみたいなぁ」とあこがれたものです。ついに実現、15日深夜に舞鶴から乗り込み、きのう16日夜、小樽に着きました。21時間の長〜い船旅、ちょっこし船酔いしてアルコールはごく微量だったので、健康そのものの退屈な旅でした。

 齢には勝てないか。船は青函連絡船によく乗ったし、卒業旅行で晴海から那覇まで50時間かけてもぴんぴんしてた。あれから半世紀弱だから、しゃあないか。衰えを実感しました。

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 往復フェリーというのも辛いので,、帰りだけにした。大阪・茨木の「川崎彰彦・富士正晴展」を見た後、あの大惨事に誰も責任をとらなかったJR西の福知山線で東舞鶴に向かう(事故現場はいまだ工事中だった)。直行便は特急だけ、快速・普通を3度乗り換え、大阪駅から4時間近くかかる。賑やかな大阪からなので、さびれた街との落差に驚く。アベノミクスの折れた矢で瀕死の老い鶴といった観、時間つぶしに苦労する。

 23時50分、高速フェリー「あかしあ」(1万6千d、時速54`)は漆黒の海(ネオンも少ない)を滑るように出発した。9570円の一番安いツーリストAは簡易ベッドに棚があるだけ。早く申し込んだので部屋に入ってすぐの単独仕切り、他はベッド2つが向かい合っていた。

 乗客たちはジャージなどに着替えている。神戸の東横インの部屋着をもってくればよかった(1階のフロント横から自由持ち出し)。自販機の発泡酒・小を飲み、カーテンをして服を脱いですぐに寝付いた。空調がきつくて3時ころに鼻水で目ざめる。またズボンをはいてトイレに行く。海は凪。揺れはないが、小刻みな振動音が耳にさわる。

 こうして朝になるが、風邪気味と船酔いでボーとしている。食欲もなくお茶だけ。本を読んで飽きたら焼酎と昼寝。そうしているうちにホッカイドウだ、と思っていたが番狂わせ。酒が手につかない。さすがに空腹となり、昼食はレストランで豚丼を頼む。花畑牧場のホエール豚丼は、作り置きの肉にお姉さんがたれをかけたもの。980円だからがっかりを通り越して、(怒りで)吠えーる丼だった。晩飯もあまり進まず、醤油ラーメン(750円)にする。これがあっさり味でうまかった。

 結局、21時間で発泡酒小1、ウイスキー小瓶1(食堂の氷を持ち帰って薄めで飲む)の健全さ。神戸で買った黒霧島200mlは札幌にお持ち帰り。早くブログをあげて、飲みましょう。

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(陽が落ちた20時過ぎ、小樽港に到着。軽かったので定刻より15分早い20時30分だった)

 映画も和洋各1本づつやっていたが、聞いたことのないやつだったのでパス。船上コンサート、バイオリン2重奏というのもありましたが、TVドラマの「カルテット」以下の素人さん。海の波音とエンジン音だけの世界だから、みなさんおとなしく聞き入ってました。

 わたしは会場から少し離れた窓際のテーブルで読書に専念。荷物になるので薄いのを1冊だけ持って行く。なにもすることがないので結局、「ヨハネによる福音書」まで4編180ページを半世紀ぶりに読み終えました。中学生のYMCAキャンプで大学生のお兄さんが解説してくれて買った。日本聖書協会の1961年版、鉛筆で線が引いてたりして懐かしかった。ちなみに、わたしは「神は死んだ」ニーチェ派です。

 コンサートの最中に突然、会場の方で携帯が鳴り出す。何人か席を離れていく。午後4時前、奥尻島にさしかかっていた。電波が届くようになったのだ。陸地側の窓際には何人も携帯などを手にした人の姿が目立つ。スマホの奴隷さんたちに福音は届くのか?

 定員700人の大型船ですが乗客は190人のゆるゆる。このうち60人くらいが迷彩服を着た陸自の人たちでした。

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御殿風の建物が残る愛珠幼稚園


 13日(火)午後のスカイマーク便(早割7500円)で神戸に入って2泊、最終日が船泊の4日間でした。14日は図書館巡りのほか、大阪の楽器店にいる早大ユネ研の先輩ヤマモトさんを訪ねました(写真左)。御堂筋の本町寄りにある三木楽器(ヤマハ系)は大正時代の建物で国の文化財。ドイツのピアノ会社の建物をモデルにしたそうです。

 ヤマモトさんは定年後に継続雇用でヤマハから移りました。三木商店は江戸末期の貸本屋さん、明治になって教科書販売を始める。ヤマハはオルガンの販路を広げるために提携したそうです。今は古いピアノを再生させて中国市場に売り込んだり、音楽教室をやっているとか。ピアノなどの販売より教室収入が多く、大人の生徒が主流。昔、やり残した音楽に再挑戦する人たちでにぎわっている、というから少子化時代の流れですかね。

 仕事を続けているのでヤマモトさんはお元気でした。わたしらのような自由人はすっかり緩んでいますが、シャキッとしていた。寅さんが汗する労働者にあこがれたシーンを思い出しました。あと2年、70歳までやりたいと話していました。

 ランチをごちそうになった後、明治の古い建物を使った幼稚園が近くにあるというので見に行きました。大阪市立愛珠(あいしゅ)幼稚園は空襲を免れて、旧い建物で保育を続けています。東京の女子師範付属(現お茶ノ水附属)の幼稚園が最古(1876年・明治9)、鹿児島の次の3番目に古いのが愛珠(1880年)だとか。ビル街に古い建物が残り、札幌の時計台みたいですね。ヤマモトさん、いろいろありがとうございました。ぜひ、時計台を見に来てください。

 今回の一番の目的は「川崎・富士展」、この詳報は19日(月)を予定しています。

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