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zoom RSS  "あやしげな本"にいた早稲田の穴虫君

<<   作成日時 : 2017/06/29 04:37   >>

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 南陀楼綾繁(なんだろう・あやしげ)さんの「町を歩いて本のなかへ」(原書房)に迷う。2400円+税だから、まず図書館を覗くがない。紀伊国屋やジュンク堂はウエブのみ、道内店舗は×だった(見てから判断のつもり)。推薦する日本の古本屋メルマガ掲載の目次に「ワセダ青春記」とある。川崎さんのあやしげな姿が浮かぶ。やはり買うっきゃない、とアマゾンでした。

 綾繁さんは古書評論家であり、編集者でもある。雑誌・海浪に連載された川崎さんの「ぼくの早稲田時代」を右文書院に持ち込んだのも彼だった。ワセダ青春記といえば、これしかない。本が届いて、開いたのは3部の「早稲田で読む」。「1950年代、早稲田の学生生活」が主人公の穴虫昭こと川崎彰彦さんでした。綾繁さんはまだ50歳くらいとお若いが、川崎さんと同じ一文の出身なんですね。

 古本を求めて行脚する古書マニア。この10年は、東京の谷根千(谷中・根津・千駄木)の路上で始めた「一箱古本市」(一箱づつの持ち寄り)を全国に広げる運動に情熱を注ぐ。収入激減、そして離婚も。(同人誌活動にのめり込んで、家族に逃げられた川崎さんとどこか似ている)

 この本は、「本と人と町」をつなぐ10年の歩みをつづり、古書の魅力を紹介しています。

 東日本大震災の後、谷根千の編集者を中心に始めたのが「一箱送り隊」。全国に呼び掛けて、東北に送る本を集めて谷中のお寺で仕分け、被災地のリクエストに応じて本を送った。宮城・石巻市では一箱古本市を開催、これをきっかけに商店街に「石巻まちの本棚」というミニ図書館ができたそうです。北海道ブックシェアリングが本を集めて東北の図書館再建を支援してますが、綾繁さんらも同じような活動を続けていました。

 第4部「本と人と」では、大先輩の編集者花森安治さんを取り上げていた。神戸生まれの花森さんは旧制松江高校に進んだ。綾繁さんは同じ島根の出雲出身。花森さんは同級の田所太郎さんと東大に進み、一緒に大学新聞を発行。戦後、田所さんは日本読書新聞に入り、編集部にいたのが大橋鎭子さん。とと姉ちゃんですね。朝ドラで常子を花山(花森)に紹介した五反田さんは田所と柴田錬三郎の2人を合わせてモデルにしたとか。花森と柴田はともにあくが強くて、仲が悪かったそうです。田所は後に図書新聞を創刊しました。

 あっ、マコイシ(中野朗)さんも出てくる。「ぼくは山口瞳に出会っていない」は山口瞳通信5号(2005年)の掲載。綾繁さんに原稿依頼したのがマコイシさんでした。ほとんど読んでなかったので断ったが、「来年お願いします」といわれて、20冊ほど集めてすっかり魅了されたという。マコイシさんの"本脈"(本を通じたつきあい)の広さは、さすがですね。

 408ページで2400+税、とてもいい本でした。買ってよかった〜

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 もう1冊、ヤフオクで手に入れたのが「いま、五木寛之。」(1972年、面白半分7月臨時増刊号)。大阪・富士正晴記念館の「川崎彰彦・富士正晴」展で初めて見た雑誌。1961年7月撮影の写真が載っている。寿司桶が並び、川崎さんの前にお銚子3本、五木さんは1本でした。

 函館幻燈記の第8回「とんだ旅土産」。東京・中野の安い寿司屋に早稲田の旧友10人が集まるシーンがある。青西敬助(川崎)が兄の結婚式で大阪に行った帰りに東京や秋田にも寄り、大館駅のとり飯弁当で赤痢になったという話。東京で痛飲した時の写真のようです。五木さんは1歳上の28歳、ともにお若い。

 五木さんの19歳、20歳の日記もある。上京して住むところがなく、境内の床下に寝泊まりした早稲田穴八幡神社や周辺の下宿の再訪記もあって、おもろかった。これは送料込で800円、迷わず買いました。

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