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zoom RSS  すっかり定着、陵雲中クラス会

<<   作成日時 : 2017/06/12 05:49   >>

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 今月3日に陵雲中学3年3組のクラス会があり、その時の写真が届きました。昭和41年卒だから、いまの朝ドラ「ひよっこ」と同時代。倒産してしまった向島電器の優等生豊子さんくらいの齢でしょうか。陵雲のひよっこたちもいまや貫禄たっぷり、名前がすぐにでてこなかった。

画像

     (陵雲の元ひよっこたちに囲まれ鈴子さん風の白髪がセト先生)

 当時の仲良しグループが飲み会をやって、担任のセト先生がお元気だというのでクラス会に発展させた。毎年1回開いて、今回が3回目。ブログを見たというアキヨシ君から連絡があり、去年から参加しています。幹事のオオイ君が出席者をまとめ、記念写真も送ってくれた。中学には人間力たっぷりの世話役がいた(受験高になるといなくなる)。名幹事、ご苦労さまです。

 今回は先生を含め14人が出席、校区内の桑園イオンの居酒屋で4時間超、お酒を飲みながら昔話に花を咲かせました。

 陵雲中は昭和29年に北大植物園裏(旧庁立高女校舎)に開校。ベビーブームで生徒が急増して造られたんですね。私が入学した時は古い木造校舎で1学級60人のすし詰め。2年のときに新校舎が完成してやっと50人弱のクラスになった。校区が中心街なのでその後生徒が減って、同43年に中央中に統合され、わずか14年で消滅した。

 そんな街の学校だから、親の仕事は会社員のほか狸小路の商店や旅館、道庁から裁判所、北大に神社や天理教まで種々雑多。これに越境入学組もいて、にぎやかだった。うちはススキノの土建屋でした。

 セト先生は英語の女性教師。昭和ひとけた世代のようですが若々しい。初参加者は「きみ誰だっけ?」と同級生と見間違う。北区の古い中学から陵雲に移り、「新しい学校だったので自由な雰囲気だった。先生や生徒たちも伸び伸びしていて楽しかった」と話していました。

 友だちと羊蹄登山を計画したら、相手の親が「子供だけで危ない」と先生に通報。結局、ひとりで夜行列車に乗ったが、先生に叱られた記憶はない。うちの親父も「下山したら電話しろよ」といっただけ。15歳を大人扱いしてくれたのがうれしかった。

画像 「テラシマ君はどこにいるのかしら?」。北海道を離れたクラスメイトの消息についても話題になり、先生が挙げたのが彼でした。物静かで目立たない存在でしたが、とにかくベンキョーができた。ひとりだけ頭の中身が違っていた。

 南高から京大に進み、「かなり前に福井大で准教授をやってたが、その後は分からない」とのことでした。

 みんな会いたがっていたので、ネットでしらべてみました。すぐに出てきた。神戸学院大の人文学部教授だそうです。著書に「平等と不平等をめぐる人類学的研究」(2004年、ナカニシ出版)があり、これが札幌中央図書館にあった〜

 さっそく借りてくる。京都や東京の大学の文化人類学のセンセイたち8人の共著で代表の編者がテラシマ君。世の常「平等と不平等」の問題を取り上げ、文化人類学の観点からその仕組みと人間のありようを探り、混迷する現代社会に光を当てる試み。

 第1章の「人はなぜ、平等にこだわるのか」がテラシマ論文でした。書き出しは2002年W杯サッカーのベッカム・サイン色紙事件。淡路島キャンプの交流会でもらったサインを町教委が「各校に平等に展示する」と子供たちから取り上げて問題化した。

 さすが目のつけどころがいい。でも、このあとはアリストテレスやルソーが出てきて●×△?・・のナンカイ・ホークス。でも、300P、3600円+税の立派な本だからすごいですね。

 ぜひ来年のクラス会に来てもらい、"人類学的陵雲論"を聞いてみたいですね。

 30年前の「陵雲中の夕べ」でもらった同窓会名簿をみると、3組は先生を含めて46人。このうち今回出席は3分の1の14人。残る32人の消息を探り、「全員集合!」といきたいですね。

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