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zoom RSS  武四郎さんに冷たい道都サッポロ

<<   作成日時 : 2017/05/11 05:46   >>

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 北海道の名付け親、松浦武四郎(1818-88)の碑は道内各地にあります。一体いくつあるのか、これを数えた人がいる。札幌学院大教授の杉山四郎さん。その著「武四郎碑に刻まれたアイヌ民族」(中西出版)によれば29碑、サハリンの碑を含めると30になるそうです。武四郎は蝦夷地をくまなく探検して歩いたから、いたるところに碑がつくられた。でも、なぜか札幌には一つもありません。

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    (岩橋英遠が描いた巨大な「阿寒湖畔の松浦武四郎」=道庁赤レンガ2階)

 杉山さんの本は図書館から借りました。アイヌ民族の研究者、住んでいる岩見沢でアイヌ語教室を開いているそうです。だから、武四郎碑の研究も、碑に道案内のアイヌ住民のことがどのように記されているか(無視されたか)を調べていて、書名に「アイヌ」と付いています。

 空知の武四郎碑の調査から始めて18年。北海道全域を歩き、サハリンにまで渡って碑や標柱の類まで確認したというから、すごいですね。顕彰碑としてつくられたのが、少なくとも30碑。このほか宿営地を記す標柱や案内板なども多数確認され、「武四郎坂」など地名となっているものも含めると100を超える。武四郎さんが蝦夷地を徹底調査したというあかしですね。

画像 杉山さんが確認した30碑は全道14支庁すべてに渡っていますが、片寄りがあります。空知7碑、上川5碑と多いが、石狩(千歳市)、渡島(八雲町)、日高(平取町)は1カ所だけでした。

 えー、札幌にないの?

 そういえば、聞いたことがない。クラークやケプロン。市役所ロビーにいるのは島義勇〜外人やお役人ばかりじゃないか。さっぽろ文庫に「札幌の碑」(45巻目)というのがあるので、開いていてみる。「(板垣)武四」(序文)の名はあったが、武四郎はなかった。

 道庁赤レンガ(文書館)はどうだろう、と9日(火)にいってみました。2階廊下にどでかい絵(頭の写真)があり、1階の開拓期の展示には武四郎作の北海道地図(東西蝦夷山川地理取調図)があった。伊能忠敬らが測量した北海道の島の形に山脈や川、湖、地名などを記した26枚の地図をつなぎあわせている。近代地図の一大傑作といわれているそうです。

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武四郎が作った北海道地図。函館が右上(逆)になっている.。左は赤レンガの展示

 これはすごい地図だ。でも簡単な説明文があるだけ。

 宝の持ち腐れ。北海道開拓につながる一展示じゃなくて、一室設けて名付け親「武四郎コーナー」を設けるべきですね。
 
 武四郎は1857(安政4)年、島義勇より12年先に、石狩川からツイシカリ川(当時の豊平川)を十数キロ遡った札幌をみて京都に見立て、蝦夷地の府をここに置くべきだと主張した。虐げられるアイヌの救済も訴え、箱館奉行に無視されて踏査の職を辞したそうです。

 大通公園は碑だらけ、なんであんなものを作りたがるのか。もうやめた方がいいと思いますが、歴史の評価はきちんとやったほうがいい。

 特に札幌は島判官もいいが、武四郎の功績をきちんと子供たちに伝えるべきです。まずは、あの雪まつりでアイヌ古老の案内で豊平川を探索する武四郎さんの姿を見たいですね。

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